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税務当局にモノ申す
最近特に税務調査が多いと感じます。理由は、コロナ明けで、調査を休んでいた税務当局に「大号令」が出たのだと、勝手に解釈したりしていますが、「当たらずとも、遠からず」と思っています。
税務署の1丁目1番地は「税務調査」だと私は信じて疑いません。税務行政から「税務調査」を外すと、ただの官庁になります。我々(私は国税OB税理士ですので)は現職であった頃の「栄光の税務署」を
知っています。古き良き時代であったのやも知れません。しかし、確かにそうだったのです。競走原理が機能していました。部門内でも、部門別でも、そして署別でも、兎に角、良い意味で、競走していたの
です。競走の無い土俵に進歩は無い。と確信します。今でもです。公務員社会には「余り競走原理」が無いといわれますが、民間企業は競争に晒されて、競走に勝ち残れない企業は淘汰されます。先の戦争で一敗地に負けた、負けるのを知っても尚戦って散っていかれた尊い英霊の言葉の中に「自由主義の制度と、全体主義的制度では、その優劣は明確であります。」(京大生が学徒出陣で英霊となったのですが、その方の「遺書」の中にありました。)全くその通りです。共産主義が自由主義に敗北したのは、歴史が証明しております。ソ連しかり、中国しかりです。中国は鄧小平氏が敗者復活戦で勝ち上がり、資本主義を取り入れた(限界があったとしても)故、2000年代から急激に発展したものです。(そろそろダメになりそうですが)
横道に逸れましたが、今の税務署さんはどうでしょうか?、果たして競走原理があるのでしょうか?、若い税務官の税務調査を受けていますが、疑問だらけです。何のために税務調査をしているのかさえ語れない方が居ます。私は、その方々に、「正義感」がないと、税務職員としては失格じゃないですか。と叱ってあげますが、叱っても、何か「空しく」なります。勿論、優秀な方もおられます。しかし、どっちかと云えば、優秀な方は、稀にお目にかかるだけです。
さて、前置きは、この位にして、本題に入りますが、最近の税務調査は「無茶を言う」事が多いです。そして、彼らは、異口同音に、こういう裁決が出ているとか、こういう通達があるとか、良く宣うのです。で、私は「本気で言っているのですか」と云います。次に、税法のどこに、施行令の何処に「根拠」がありますか。と聞くと、口ごもります。要するに「立法趣旨」を勉強していないのです。確かに税法は「納税者に勝つ様に、作られています」、だから、その通り「課税しようと思えば、課税可能」とも言えます。しかし、「課税しても良い」と「書いている」だけで、課税するかしないかは別です。
何故ならば所詮、税務調査は「税務行政」の一つでしかない訳です。裁判官宜しく、税法の「執行官」にでも「税務官」はなった積りになっている様でなりません。スピート違反は、法律上、1キロでも3キロでも交通違反です。しかしスピート違反の検挙は交通行政的でもあり、スピート違反を10キロ未満で取り締まることは凡そありません。税務調査だってそうです。たかだか実地調査の比率は、何パーセントしかありません。ジャジしに来ているのではないのです。重箱の隅を指摘するのは「私達の頃は」叱られました。今はどうでしょうか?。税務官を教育・研修するシステムが?だと感じています。私の嘆きを書きました。
私は今でも国税組織を大事に思っています。故に余り国税組織の実態を言いたくはないです。しかし、もうそんな段階は通り過ぎ、税務調査マンを教育出来ない、出来ていない組織になっているのではと、本気で心配していますので、声を大にして発言しようと思っています。私は、トラキチです。プロ野球の世界で通用しない様な、教育をしていると、プロ野球は草野球になると思います。プ目の税務調査官を
是非育て、教育する組織であって欲しいと切望する次第です。
正義感を忘れ、出世したい、上位の地位を得たい、そのためには上司に媚びへつらう、下位者や部下には上司に対するのと正反対に高圧的であるという方(私は輩と呼びます)が多すぎるのではないでしょうか。









